
こんにちは、遊華です。「現実に起こりうる」から怖い、貴志祐介さんの『黒い家』を紹介します。
読み終えた、その第一声
以前このブログで、『花束は毒』を読んだとき「生きている人間がいちばん怖い」と書きました。
——訂正します。あれとは、比べ物になりませんでした。
貴志祐介さんの『黒い家』。読み終えたあと、これまで読んできたホラーの怖さが、なんだか優しいものに見えてしまうほどの一冊でした。今回もネタバレなしで、この恐ろしさについて書いてみます。
どんな話?
主人公は、生命保険会社に勤める青年。日々、顧客からの相談に対応する仕事です。
ある日、彼のもとに一件の奇妙な依頼が舞い込みます。それをきっかけに、平穏だった日常が、少しずつ、しかし確実に軋み始めていく——。
幽霊も、呪いも、怪異も出てきません。出てくるのは、生きた人間だけ。それなのに、下手なホラーよりもずっと恐ろしい。そういう物語です。
貴志祐介ーー1959年大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業。1996年、日本ホラー小説大賞長編賞佳作を受賞した「ISOLA」が『十三番目の人格ISOLA』と改題後、刊行される。1997年『黒い家』で第4回日本ホラー小説大賞を受賞。2005年『硝子のハンマー』で第58回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞。2008年『新世界より』で日本SF大賞、2010年『悪の教典』で山田風太郎賞を受賞。他の著書に『クリムゾンの迷宮』、『青の炎』、『鍵のかかった部屋』、『雀蜂』などがある。(新潮文庫より)
何がそんなに怖いのか
その人と、その場所が怖い
この作品の恐ろしさは、特定の怖い場面にあるのではありません。ある存在そのものと、**その人がいる”場所”**が、怖いんです。
執拗で、粘着質で、どこまでも冷徹。人としての感覚が、根本のところで違うとしか思えない。そしてその相手が待つ場所へ、足を踏み入れなければならない——タイトルにもなっている、あの家。あそこに近づいていく緊張感だけで、心臓が縮む思いでした。
怪異が相手なら、まだ「そんなことあるわけない」と距離を取れます。でも、この本にいるのは、あくまで人間。だからこそ、逃げ場がありませんでした。
現実と地続きの、生々しさ
もうひとつ怖かったのが、この物語が現実に起こりうる話だということ。
舞台は特別な場所ではなく、ごく普通の日常。扱われるのも、わたしたちの社会に実在する仕組みです。ニュースで似たような事件を目にしてもおかしくない——そう思わせる生々しさが、恐怖を何倍にも膨らませていました。
呪物や祟りの怖さが「非日常」の怖さだとすれば、この本の怖さは「明日、隣で起きてもおかしくない」怖さです。
怖いのに、ページが止まらない
そして不思議なのが——これだけ怖いのに、読む手が止まらないこと。
心臓をドキドキさせながら、それでも「この先どうなるの」が気になりすぎて、気づけば一気に読み終えていました。恐怖と、続きが気になるという牽引力が、同時に襲ってくる。読書というより、体験に近かったかもしれません。
こんな人におすすめ
- 幽霊や怪異よりも、「生きた人間」の怖さにゾッとしたい人
- 現実に起こりうる恐怖を、じっくり味わいたい人
- 怖い本を、一気読みしたい人
逆に、ソフトなホラーを求めている方には、かなりハードな一冊かもしれません。残酷な描写も含まれるので、そこは覚悟して手に取ってください。
まとめ
読み終えたあと、これまで読んできたホラーの怖さが、優しく思えてしまう——そんな読書は、なかなかありません。
生きた人間の怖さを、これ以上ないかたちで突きつけてくる一冊でした。心臓に自信のある方は、ぜひ。



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