
こんにちは、遊華です。今回は舞台が博多を飛び出します。『文豪は鬼子と綴る 参 島原編』、ネタバレなしで紹介します。
嗣人さんの『文豪は鬼子と綴る 参 島原編』を読み終えました。変人文豪・香月蓮と、「鬼子」と呼ばれた少年・瀬戸春彦のコンビが帰ってくる、シリーズ第3作品目です。
読み終えて最初に浮かんだのは、意外なほどシンプルな一言でした。
やっぱり、このコンビが好きだ。
舞台は変わっても、この二人は変わらない。むしろ知らない土地に放り込まれたぶん、二人の距離感がくっきり見えた気がします。
どんな話?
大正十年の夏。出自に秘密を抱える天才小説家・香月蓮と、その助手である中学生・瀬戸春彦のもとに、米国人記者から怪しげな手紙が届きます。誘われるまま二人が向かったのは、外国人の避暑地として知られる長崎県・雲仙。
道中で出会うのは、美しい英国人女性のアリスと、かつて日本で天主堂の建設に携わったフランス人宣教師のロメオ翁。異国情緒あふれるリゾート地で一行を待っていたのは、地獄の湯煙から大勢の悲鳴が響き渡り、死体が忽然と消えるという不気味な事件でした。
華やかな避暑地の下に隠された歴史と、そこに絡む黒い思惑。香月と春彦は、旅の仲間たちとともに地獄に眠る哀しい謎へと近づいていきます。
嗣人
熊本県荒尾市出身、福岡県在住。温泉県にある大学の文学部史学科を卒業。在学中は民俗学研究室に所属。2010年よりWeb上で夜行堂奇譚を執筆中。妻と娘2人と暮らす。著作に『夜行堂奇譚』『木山千景ノ怪顧録』『穂束栞は夜を視る』『カナエトメイ 怪奇専門探偵事務所』『天神さまの花いちもんめ』(産業編集センター)、『文豪は鬼子と綴る』(竹書房)など。(BOOKデータベースより)
読みどころ
半分が道中。それがまた楽しい
このシリーズの一番の魅力は、やっぱり香月と春彦の会話です。偏屈な作家と、物おじしない中学生。立場は師弟のようでいて、実際には対等に言い合っている。3作目になってもそのテンポは落ちません。
そして今作は、体感でページの半分ほどが道中です。事件が動き出すまでがゆっくりで、そのあいだ二人はただ移動して、喋って、旅をしています。
それが退屈かというと、まったく逆でした。むしろこの時間がいちばん楽しかったかもしれません。道中で出会うアリスやロメオ翁とのやりとりも含めて、読んでいて微笑ましかったです。
とくに春彦です。現地で好物のカステラの店に立ち寄る場面があるのですが、そこでの彼の高揚っぷりときたら。普段は大人びた物言いをする子が、こういうときだけ年相応になる。読みながら「よかったね」と声をかけたくなりました。
こういう何でもない時間があるから、そのあとに待っているものが効いてきます。
それぞれのやり方で、相手を守る
春彦は、助手らしく香月を支えています。香月はもともと体が丈夫なほうではなく、すぐにスタミナが切れてしまう。春彦はそれを見ながら旅のルートを考えたり、その場その場で臨機応変に動いたりしている。中学生なのに、ずいぶん頼りになる助手です。
一方の香月も、春彦を守ります。春彦は自分の容姿に、繊細なものを抱えている。そこに無遠慮に踏み込んでくる相手がいたとき、香月は怒ります。
それが声を荒らげる怒り方ではないんです。静かに、冷たく怒る。普段は飄々としている人がそうなるので、かえって迫力がありました。この場面は、今作でいちばん印象に残っています。
守り方の向きは違うのに、どちらも相手のためでした。
雲仙・島原という土地が抱えているもの
舞台が変わったことで、読み心地は確かに変わりました。外国人の避暑地という設定もあって、旅先ならではの華やかさや楽しさがあります。
ただ、このシリーズは土地を掘る話です。島原といえば、江戸の初めに大きな一揆が起き、その後長く禁教の時代が続いた土地。そこで起きたことは、大正の世でもまだ終わっていません。
華やかな避暑地の風景と、その下に沈んでいるもの。この落差が、今作の怖さであり哀しさでした。
前2作と比べて
1作目を読み終えたとき、私は「この二人をもっと見ていたい」と思いました。2作目の『幻想列車編』では、怪異を起こした側の事情に引っぱられて「哀れな人だったな」という読後感が残りました。
そして3作目。また二人のところに戻ってきた感覚があります。
舞台は博多を離れましたが、やっていることは変わりません。土地に残った古いものを掘り起こし、その哀しさごと受け止める。場所が変わっても手つきは同じでした。だからこそ、旅先の楽しさのなかでも安心して読めたのだと思います。
シリーズを追ってきた人ほど、その変わらなさが嬉しいはずです。
読む順番
- 『文豪は鬼子と綴る』
- 『文豪は鬼子と綴る 弐 幻想列車編』
- 『文豪は鬼子と綴る 参 島原編』
刊行順に読むのがおすすめです。事件そのものは各巻で完結しますが、香月と春彦の距離は少しずつ変わっていきます。今作の二人のやりとりは、1作目からの積み重ねがあってこそ響くものでした。
前作『文豪は鬼子と綴る 弐 幻想列車編』の感想はこちら↓↓

こんな人におすすめ
- シリーズの1作目・2作目を読んだ人
- 大正の奇譚が好きな人
- 旅情ミステリが好きな人
とくに、旅先で起きる事件が好きな方には今作から興味を持ってもらえると思います。異国の人々と出会いながら知らない土地を歩く高揚感が、そのまま読み心地になっています。
まとめ
舞台が雲仙に移り、登場人物も増えて、シリーズのなかでは異色の一冊かもしれません。それでも読み終えて残ったのは、やっぱりこのコンビが好きだ、という気持ちでした。
どこへ行っても、この二人はこの二人のままです。次はどこへ連れて行ってくれるんだろう、と思いながら本を閉じました。



コメント